薬仙寺

薬仙寺(やくせんじ)

薬仙寺

〒652-0853 兵庫県神戸市兵庫区今出在家町4-1-14

TEL: 078-671-1696

地下鉄海岸線・和田岬駅より約700m。徒歩で約10分。

薬仙寺周辺、後白河法皇が幽閉された、萱の御所跡と言われており、薬仙寺の境内には蹟碑が建立されています。

後白河法皇幽閉の地

萱の御所跡

萱の御所蹟碑(かやのごしょあとひ)に刻まれた文字は以下のとおりです。

「牢(楼)の御所」ともいい、平清盛が後白河法皇を幽閉した建物で、三間四方の粗末な造りであったという(平家物語)
伊豆国に流された際に源頼朝と出会った文覚(もんがく)上人は、後にこの御所に忍び入り平家追討の院宣(上皇及び法皇を奉じて出す文書)を賜ったと伝えられている。
皇の命を奉じて出す文書)を賜ったと伝えられている。
ここより北東方向約百米の地点にあったが、昭和二十九年の新川運河拡張工事によって水中に没するため、当寺院内に移設した。」
薬仙時は兵庫七福神の一つとして数えられています。

兵庫七福神薬仙寺

兵庫七福神・寿老人…寿星の化身または老子の化身と言われ、その姿は長い白髪、長い頭の仙人姿で、福禄寿と同体異名という説もあります。
福禄寿の鶴亀に対し、市あkを伴っている姿が多いようです。
この鹿は千年以上いきている鹿で、その肉を食べると二千才の長寿を得るという話も伝わっています。

 

薬仙寺由緒板より

薬仙寺由緒

薬仙寺(時宗)

この地は奈良時代行基菩薩が開いたと傅えられる大和田の湊に接し平安時代にはたびたび千僧供養が行われたところである。
承元元年(1207)法然上人が讃岐へ下るとき、ここへ立ち寄り大衆を教化され、文久元年(1861)には英国初代公使オールコックの一行が兵庫開港予定地を視察するため宿泊したゆいしょある寺院である。

重要文化財
一、木造薬師如来坐像
一、絹本着色施餓鬼図

昭和三十九年三月 神戸市教育委員会
境内には数々の石碑が建立されています。

大施餓鬼会日本最初之道場之碑

大施餓鬼会日本最初之道場之碑

 

「詠歌踊り念仏連名」の石碑

詠歌踊り念仏連名の石碑

後醍醐天皇薬水・薬師出現古跡の碑

後醍醐天皇薬水・薬師出現古跡の碑

 

花山法皇歌碑

花山法皇歌碑

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