能福寺

能福寺

能福寺

〒652-0837 兵庫県神戸市兵庫区北逆瀬川町1-39

TEL: 078-652-1715

JR兵庫駅より約900m。徒歩で約15分程度。

拝観時間: 9:00~17:00

拝観料: 無料

定休日: なし

兵庫大仏のあるお寺です。 ⇒ 兵庫大仏のページ

 

兵庫七福神の一つ、能福寺。

毘沙門天・・・四天王及び十二天の一人で、鎧を着ているところに特徴があります。

多聞天とも呼ばれます。漢字で書くとまったく別の神様のようになりますが意味はすべてのことを一切聞きもらさない知恵ものという意味です。

七福神の中では、勝運の神様で、仏法を守護し道徳を授ける神様です。(兵庫七福神看板より)

能福時 毘沙門天

また、清盛七弁天のひとる

能福時清盛くん

 

能福時には平清盛の墓所、平相国廟。

平清盛墓所

 

平相国廟

こちらには、NHK大河ドラマの清盛役の松山ケンイチさんがクランク前にここを訪れ、墓所に番組の成功を祈願しています。

 

本殿は御所造りの優美で美しい佇まいに目を奪われます。

能福時本殿

能福寺は京都五箇室門跡の一つ、栗田の青蓮院跡の旧院家。

青蓮院は門跡寺院の中でも最も格式の高い「宮門跡」として歴史上その名を知られる。

天台宗能福寺

能福寺境内には瀧善三郎正信の碑が祀られています。

きのう見し 夢は今さらひきかえて

神戸の浦に 名をや あげなむ  (善三郎辞世の句)

神戸事件

神戸事件とは・・・

開港間も無い神戸で起きた外国との紛争で発足後最初の外交問題で苦境に立たされた明治維新政府を救い日本が外国に植民化されるのを未然に防いだのが神戸事件の瀧善三郎正信の死であった。

慶応四年(1868年)1月11日西宮警備を命令された備前藩兵が大砲を引いて西国街道を通過中、三宮神社前で行列を横切ろうとした、フランス人水平を槍で以って刺傷させた「神戸事件」が起りの神戸の町が一時、外国兵によって占拠されるありさまであった。

この事件は明治政府の素早い方針転換声明と、備前藩責任者の処罰によって決着がついたが全責任を負って同年2月9日兵庫の津、永福寺(現カテネツデリカフーズ㈱)で外国人代表らの立会いの面前で切腹した瀧善三郎正信(当時32歳)の最後は識者の涙を誘ったその跡地に碑を建て市民はこの事件に一番の役割を果たした彼に、心からの感謝の意を表し、その功績を永くたたえてきました。

昭和8年今まであった木碑に代えて立派な石碑が建立された昭和20年戦災で寺は焼失したが碑は無事に残り境内跡地に出来た「カネテツデリカフーズ㈱」構内に祭られ供養が続けられていた。

その後昭和44年、地元有志並びカネテツデリカフーズ㈱により、ここ能福時の聖域に移設された。
(兵庫津の文化を育てる会)

瀧善三郎の碑

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