和田の笠松

和田の笠松(わだのかさまつ)

和田の笠松

兵庫県神戸市兵庫区須佐野通1-1-28

JR兵庫駅より約800m。徒歩で約12分程度。

須佐野公園内に和田の笠松の石碑と案内板があります。

和田の笠松は入港する船の目標となり、重要な目印の松となっていましたが、笠松も次々と植え替えられ、戦災により現在は消失してしまいました。

また、道行く人たちの目印とされるほどに聳え立っていたと言われ、石碑が立つこの場所より南にあるJR和田岬駅のほど近くに「笠松」という地名がつけられています。

須佐野公園

子供の頃、この須佐野公園で遊んだ記憶があります。

現在は遊具も少ない、整然とした須佐野公園に整備されています。

子供の頃は確か中央に網で仕切られた空間があったり、ブランコ、滑り台、砂場といったたくさんの遊具もありました。

広く感じていた須佐野公園も、大人になった今見てみると、小さな公園に思えます。

昔、遊んだ頃とは全く違っていますが、懐かしさを感じました。

 

「和田の笠松」案内板より

和田の笠松説明板

和田の笠松は往事須佐の入江の浜に聳え、入港船の目標となり、東西往還の目印の松ともなっていた。
鎌倉時代初期の歌人、藤原為家の歌に「秋風の吹き来る峯の村雨に、さして宿かる和田の笠松」と歌われており、古くから 有名な松だった。
延寶8年(1680)の「福原びんかがみ」には、絵入りで紹介、元禄4年(1691)の絵図にも真光寺のそばに松の絵が入っている。
元文元年(1736)の海道名所図では立派な松が描かれており、寛政10年(1798)の摂津名所絵図には絵入りで「古松は枯れて植継ぎなり」とある。
明治20年頃まではこの松の下に稲荷があったが、のち住吉神社の境内に移った。笠松も次々と植え継がれていたが、おしくも戦災により焼失無くなってしまった。
左側の「和田の笠松・笠松の歌碑」は神戸史談会が発会70周年記念事業の一つとして、昭和50年11月9日、小河公園内に建立したものである。今回「兵庫津の道」に面したこの地に移設した。

平成15年11月   神戸市、兵庫津の文化を育てる会

 

この案内板の隣に建っているのが、昭和50年(1975)建立された藤原為家の歌碑です。

「 秋風の 吹き来る峯の 村雨に さして宿かる 和田の笠松 」

和田の笠松石碑

また、須佐野公園内には兵庫津の道の案内板が設置されています。

兵庫津の道案内板

兵庫津の道の案内板は兵庫の町のあちらこちらに設置されていますが、こちらの案内板はイラストも豊富でとても分かりやすい地図です。

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