湊口惣門跡の碑

湊口惣門跡の碑(みなとぐちそうもんあとのひ)

湊口惣門跡の碑

西国街道の湊口惣門跡の碑は「湊八幡神社」の前に立っています。

⇒ 湊八幡神社のページはこちら

神戸市兵庫区兵庫町1-4-37

JR神戸駅から約900m。徒歩で約12分程度の場所にあります。

 

湊口惣門は兵庫津の東の玄関口にあたります。

西の玄関口は柳原惣門、柳原蛭子神社の前に立っています。

どちらも、良く前を通る道でありながら、特に目を向けることもなく、通っていたように思います。

改めて、兵庫津の道を辿っていると、色んな発見がある♪と嬉しくなりました。

湊口惣門跡

西国往還に設けたの出入り口の惣門である。

東より来る西国往還は相生橋より相生町を経て、市電気局前に来り、進んで此の惣門を入り、兵庫津の湊・江川・木戸・木場・小物屋・北仲の諸町、今の所謂兵庫本町を進み、南仲町今の神戸商業銀行前を右折し、小廣・神明・逆瀬川・東柳原・西柳原の町々を過ぎ、柳原口にあった柳原惣門を出て、斜めに今の長田交叉点に出て、西代を経て須磨に向かった。

兵庫の惣門は天正年間、池田信輝が織田信長の命によって、花隈城を攻略し、その功によりて兵庫を治し、城を築く。

其時、湊口・江川口・永澤口・三川口・関屋口・皆関門番所を設け、市中にの宮内・匠・松屋・魚棚・島上の諸町に、中濱門として番所を設けたが、徳川時代に入り、青山氏が此の地を領した時悉く之を破却し、只湊口・柳原区との両門を残した。

古図によれば惣門内には何れも番所があった。更に此番所の傍に高札があったが、幕末の地図によれば門外左側に高札場が移転している。これは門の修築に当たり番所を廃し、高札場を門がに移したものと思科する。

昭和四年十二月 岡九殻三郎 福原潜三郎 著

「神戸古今の姿」抜萃

湊口惣門跡の碑の説明

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